2:25

多摩川の河川敷に座って、川の様子を眺めていた。太陽は真上にあってギラギラした陽射しが降り注いでいるのに、どことなく辺りの様子は暗くて、川面はのっぺりとして波一つ立てておらず、水辺の煌々とした輝きも全く見える事がなかった。雲ははっきりとした形を結んで見える事はなかったけれど、まともに見る事の出来る筈もない太陽がいつもより膨らんでいるように見えた気がしたので、薄く伸びた雲が中天に掛かって光を透かしていたのかもしれない。
会社のあるビルが川岸の向こう側に見えていて、たくさんの窓から白い煙のようなものが立ち上っていた。それを見て、子供の頃に父親が運転する車の窓の外を見て教えてくれた、勤め先の工場の煙突から吐き出された煙の棚引いている様、幹線道路の傍に拡がった、草だけが茫々と生えている荒涼とした郊外の風景を連想するように思い出していた。
いつの間にか、自分の隣に女が一人、立っていた。女の顔は緑色とも青色ともつかない、土気色をしていて、今の会社の上司にも見えたし学生時代に住んでいたアパートの隣の部屋に住んでいた中国人の女のようにも見えた。
女は妙に甲高い声で「これに、乗らないと」と一言だけ言うと、自転車を自分の方に押しやって川上の方へスタスタと歩いてあっという間に視界から消えてしまった。自転車は前輪の空気が完全に抜けていて、これに乗る事は到底無理そうだなと思った。